永福のA■永福町系
草村氏のグループで20世紀までは一般人が大勝軒といえばこの店を指していたと認識しています。銀のお盆で提供される大盛のラーメン。
どうやら暖簾分けしてもらうのが難しいようだ。

絆麺のB■東池袋系
戦後に長野のそば職人が創業した青木氏のグループで丸長系とも呼ばれる。その1軒である中野大勝軒にて山岸氏が賄いから客の希望で商品化したもりそば(つけめん)が昨今のつけ麺のスタートであり、現在は一般人の会話に登場する大勝軒はこちらの場合が多い。AもBもボリュームがウリな事もあり、少しかじった素人さんに混同して語られる(書かれる)のでややこしいが仕方ないだろう。
更に、マスターの功罪にも通じる問題だが暖簾分けが呆れるほど簡単だった時期が永く続き粗悪な店が乱立して当然の結果として淘汰も激しい。

中華のC■日本橋系
お薦め店は無いと断言出来る中華屋スタイルの老舗で、一般人の話題にはまず登場しないかも。

全く無関係の3系統が大勝軒の屋号を使っていますが、二郎と異なり商標登録は受理されないようです。

次回は必ずランキングしますが、実食した店舗数がハンパないから大変。